オスピス・ド・ボーヌ競売会のマダム櫻子のワイン
★オスピス・ド・ボーヌの競売会。私マダム櫻子が一樽購入
ワインのラベルに石川県七尾市のマダム櫻子の名前を入れることが出来ました。
ボーヌの新聞記事に落札者の名前が載り、3年連続石川県七尾市のマダムSAKURAKOやりました。
ブルゴーニュのボーヌの地区での赤ワインの特級畑は、コルトンのみ。
天候に恵まれ、最高の環境で育った健康なぶどうでとっても豊かなワインが出来ました。
20世紀から21世紀への変遷に現役でワインの仕事にたずさわり乍らきっちり立ちあえた証として、購入したわけです。
これほど豊かで長期熟成をのぞめる偉大なワインにマダム櫻子のタイトルをつけられたこと、とても光栄です。
ただいま(2022年)上品に正しくフランスワインのエレガンスをまとって熟成中。美味しいですよ。
オスピス・ド・ボーヌの競売会。千年紀に私マダム櫻子が一樽購入に至るまで
あの頃(20年ちょっと前)は私も若かった!目にするワインの全てが脳を刺激し、ワインの産地、村名、畑名、作り手名とあふれんばかりのアルファベットがとびかって貪欲に吸収しておりました。
時代もまだまだ鷹揚でキリスト教圏の人々にとっては生きるか死ぬかのミレニアム直前・1000年紀にそうそう出会えるものではありますまい。
私マダム櫻子が初めてフランスに行ったのが1997年、その2年後の1999年は正しくミレニアム・フィーバー。
どこもかしこも2000年の文字を刻んだローソクなどグッズが幅を利かせ確かに20世紀から21世紀につなぐ特別な時代の移り変わりに立ち会える!これは凄い事!
1900年代最後の1999年。20世紀最後の2000年。21世紀最初の2001年。
この三年間生きて、ワインの仕事に携わり、千年紀に立ち会えた証として私マダム櫻子の名前を冠したワインを購入しないかと、当店の担当兼ワインの師匠のSソムリエからオスピス・ド・ボーヌの競売会のワイン購入を勧められのっちまった訳です。
一樽225L、フルボトル換算で300本
1999年は競売会の提唱者ニコラ・ロランの妻、ギゴンヌ・ドゥ・サラン
2000年がポマール
2001年がボーヌ唯一の特級畑コルトン
最高の締めくくりです。

オスピス・ド・ボーヌの競売会のワイン
ラベルにMadame SAKURAKO a NANAO ISHIKAWA
ラベルには落札者の名前
Madame SAKURAKO a NANAO ISHIKAWA
(石川県七尾のマダムサクラコ)
と表記されました。

オスピス・ド・ボーヌの競売会のワイン
3年ともブルゴーニュのボーヌの新聞にワイン名と落札者名が載り、私、日本航空や高島屋と並んで記載されたわけであります。
ワインは全て一年の熟成を経て、日本に入荷。
その一年の間に店内に併設してワインセラーを準備。
10畳以上の部屋でこれがかなりのワインが入るんです。
1999年は、フルボトル6本入りの木箱に入ったものとマグナムとハーフで入荷

オスピス・ド・ボーヌの競売会のワイン「ギゴンヌ・ドゥ・サラン」
2000年は、フルボトル6本入りの木箱に入ったものととマグナムの木箱入り20本

オスピス・ド・ボーヌの競売会のワイン「ポマール」
2001年は、コルトンはフルボトル6本入りの木箱に入ったもののみ入荷

オスピス・ド・ボーヌの競売会のワイン「特級畑コルトン」
現在
1999年のギゴンヌ・ドゥ・サランはお預かりしているマグナム数本のみ
2000年のポマールはマグナムのみ少々在庫アリ。
2001年は私のセラーに入って以来今日まで静かに熟成をすすめフランスワインのエレガンスをまとってブルゴーニュの魅力を高めています。フルボトルの在庫は沢山あります。
マダム櫻子現在の心境
あれから22年私も齢72歳を迎え充実の日々を送っております。
今なお現役で仕事をし世界中のワインの情報にうさぎ耳をピンと立てて新しい産地、斬新な考えによる醸造など興味と好奇心の尽きることはありません。
わたしが集めたワイン達はオスピス・ド・ボーヌ購入をきっかけに建てたワインセラー内で熟成させてのワインの変化を愛でる、私のスタイルはオスピスを手にした時から始まり、ワインと共に生きてきたのだと実感。
素晴らしいワイン達に出会えたことが無上の喜びです。
容量 | 750ml. |
生産国(地方) | |
ヴィンテージ | |
ぶどう品種 | |
タイプ | フルボディ |
生産者 |

能登は七尾の西田酒店スタッフおけいです(^^)v
おけいは、ワインをこよなく愛し、美味しいものには目がありません。
当店店長のユニークなマダム櫻子(利き酒師&ソムリエ)との二人三脚で能登の地酒とワインのコラボを紹介していきたいと思います。よろしくお願いします(_ _)