名前について

今年はやはり暑い年です。

連日熱中症情報のお知らせが入ります。ただ17日だけありませんでした。

と思ったら20日(土)は土砂降りでした。雨の量と降り方がハンパない。土砂崩れのところもあったようです。幸いにも当店は無事でした。なんとなく猛烈な雨と雨上がりのギャップが1時間ごとに現れる感じでした。

そして昨日今日と蒸し暑い日が続きました。この記事を書いている日は23日(火)ですが、近所を散歩しました。それにしても七尾市にはこんな場所があるんですね。
 
夢見通りですよ。見づらいかもしれませんが、上の方に WE ARE DREAMING と書かれてました。ガス灯もレトロな感じですね。さて、夢見と言えば

ドラえもん30巻の「ねむりの天才のび太」を思い出します。いねむり評論家の由目見さんです。
さて、今日の本題は名前についてでした。これはぼくの名前についての話です。ちなみにFacebookなどのSNSでは稚啓(のりひろ)ですが本名は憲浩(のりひろ)です。そして
この方も

憲浩さんでした。ていうか驚きました。こんな読みにくい書きにくい漢字の人がもう一人いたということに。愛知大学職員さんですね。そしてぼくよりも若い。

というわけでこの自分の名前について書きたいと思います。名前は七尾市小島町の山の寺寺院群の中にある妙観院の住職さんにつけてもらったそうです。いや本当はこの年(1978年)はうま年だったので、かずまになる予定だったようです。ですから一馬とか和馬だったかもしれません。しかし誰に言われたか知りませんがこの年の馬は出来が悪いから馬という字はつけん方がいいと言われ憲浩になったわけです。そう言えば思い出しました。確か小学校低学年の頃、いや1年生の時だけだったかもしれませんが、近所の書道教室に通(わされて)いました。鉛筆は持てても筆を持つことには抵抗がありました。結果大して上達もせず嫌な習い事になってしまいましたがある日、書道の冊子を見たとき、最優秀賞とか優秀賞などの賞を受賞した名前が並ぶページに自分以外の憲浩という名前を親が発見して興奮していたことを思い出します。金沢より南の小松市か加賀市かは忘れましたが能登ではないことは確かでした。自分と同じ名前の人が加賀地方に(しかも優秀な賞をもらって)いたことがショックでした。

小学校高学年になると弟の同級生にのりひろという名前の人物がいることに気づき、よく遊びました。中学も同じで部活動も同じだったので先輩後輩の関係になりましたが。その漢字は浩然(のりひろ)でした。漢文習いたてだったんでしょう。中国の詩人、孟浩然(もうこうねん)と同じなんです。そして名前に劣らずこの、のりひろは優秀でした。対して憲浩はコンプレックスでした。

そして時は進むこと10年後、専門学校時代になりますが。この時は金沢に住んでいました。そして気がつけば名前が変わっていました。

白山市在住の姓名鑑定士に母がお願いしたそうなんですが、どうも憲浩ではこの先よくないことが起こるからと言う理由で稚啓という字に勝手に変えられました。不思議なこともあるんですね。見ず知らずの方に非常に重要な重大な出来事なのに一度もお会いしていない方に名前を変えられたわけですから。ただ気のせいですかね。名前変更後もすでによくないことが起こっているような気がするんですが。というわけでぼくには憲浩と稚啓という名前があるわけです。

他にも憲浩をひろのりと呼ばれたり(その方は浩憲だと思ってるんでしょうね)、憲治(けんじ)と呼ばれることもありました(憲浩の浩は考えてみれば治と浩はつくりの下が同じですね。上だけが違うという、こんなの老眼の方は間違えてしまうでしょうね)。ただ電話で自分の名前を説明するときは必ずと言っていいほど日本国憲法の憲と言います。そしてさんずいへんに告げるです。この説明ならまず聞き返される心配はありません。またなぜか中田屋のきんつばのデザインに憲という字が描かれていますが、思わずニンマリしてしまいます。良いことだってあるのです。

では最後に酒米で作った無添加の甘酒を加賀市にある鹿野酒造(株)さんで作られたその名も「酒米で作った酒蔵の甘酒」です。
ノンアルコールですがとても上品な味わい。

無添加です。米と米こうじしか使われていません。

¥864(税込)です。

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